知る。と、思い出す。

どうも。私です。

クライアント様のところで、別のセミナーを受けられた方が社内でそれを共有するということでお手伝いをしたのですが、色々な考えが去来して面白かったです。

一通り経営学やMBAのキホンは修了しているとは自負しておりますが、あーこんな話あったなー、とか忘れていることを思い出すという事が多く、まだまだ定着させるべきことがたくさんあるなと思った次第です。

この年になると、人生の糧となるほどの大きな新しい知識や発見を得ることと同じくらい、以前見ていたけど忘れてしまって頭の片隅にて埃かぶっている知識の再発見も重要なんじゃあないかと思ったりしています。

頭の固い、いわゆる老害になってしまう原因の一つに全能感が挙げられるのは有名な話ですが、じゃあ全能感はなぜ起こるの?と考えたとき、大体のものを「それ知ってた」「出来てた」で片付けられてしまうからではないかと思うわけです。

技術や知識はよく「引き出し」に例えられますが、全能感はその引き出しの量に比例するのではないかと思うわけです。そこには、それが現在使えるかどうかは問題ではありません。例え思い出せなくても、或いはすでに手法が陳腐化されたり心身が劣化していて現実的には再現出来なかったとしても、出来ていたという記憶だけが先行するのではないかと。

逆上がりがもうできなくなっても、今日はじめて逆上がりが出来た小学生に上から目線でいられるとか。…違うかな?

私もそうならないようにしようと、今一度襟を正して頑張ろうと思います。

・再現できないスキルで威張らない。

・忘れた知識は思い出すまでは知らないのと同じ。

・とはいえ新しいことを知るより、思い出すほうが楽なのは間違いないので、何度だって再勉強しましょう。

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